LOGIN騎士たちの勝どきの叫びが聖域の森に木霊する。突如として現れた巨大な竜は討ち果たされ、王都に迫っていた危機は回避された。皆が尽力した結果であるが……特に目覚ましい活躍をしたのは、最後に竜殺しを成し遂げた一人の少女。彼女の周りに勇士たちは集い、喜びの輪が広がる。「エステル!!よくやってくれた!!」「やったな!!」 「最後は見事な一撃だったぜ!」「皆が頑張って注意を引き付けてくれたから倒せました!!」最前線で生命をかけて戦っていたアルドたちがエステルを称えれば、彼女も皆のおかげだと感謝した。そして……「ふぅ……引退騎士にはキツかったぞ」「あなたはまだまだ現役でいけるしょう?」少し遅れ、ジスタルとエドナも歓喜の輪に加わる。「あ!そうだ!何でお父さんとお母さんがここにいるの!?」戦いに集中するため隅に追いやっていたその事実にエステルは改めて驚きながら、なぜ両親がここにいるのかを聞く。「『何で?』はこっちのセリフよ」「お前が後宮に入ったと聞いたから、事実確認するために来たんだ」「……?何で知ってるの?」理由を聞いてもなおギモンが残り、首を傾げるエステル。すると彼女たちの会話を聞いていたクレイが補足する。「俺が手紙を出したんだよ。お前はそんな気の利いたことしないだろうし……」「そ〜なの?クレイは気が利くよね〜」やれやれ……と言った雰囲気でクレイが言うと、エステルはのんきにそう返した。これまでの彼の苦労が偲ばれる。「ホント、クレイくんに付いてってもらって正解だったわね。……ウチの娘、お嫁にもらってくれない?」「遠慮しておきます」エドナが娘を|売り込んでくる《押し付けようとする》が、クレイはノータイムで断りを入れた。そのやり取りはこれまで何度も行われてきたものであるのだが……それを知らないアルドはピクリとなって会話に割って入った。「失礼。先ずお二人には此度の戦いへのご助力について感謝申し上げます。それから、|義父《ちち》上、|義母《はは》上におかれては色々と確認したいこともございましょうが……この場では話せないことも多いので、申し訳ありませんが王城までお越しいただけないでしょうか?」王の言葉にしてはやたらと低姿勢なのと、聞き慣れない単語に「義父?義母?」となり、ジスタルとエドナは顔を見合わせる。しかしこの場で話をするのは何かと都合が悪い
『グルァーーーッッ!!!』竜が怒りの咆哮を上げる。たかが人間ごときに、天から地に叩き落された。たかが人間ごときに、地上最強種族が一瞬でも恐れを抱いた。そのあり得ない事実に、竜は怒り狂う。それは人間にとって天災に等しいものだ。力ある竜が怒りに任せて荒れ狂えば、力なき人間たちなど成すすべもなく蹂躙される……はずだった。しかし、その場にいる誰もが希望を失っていなかった。彼らの表情は、無謀な戦いに挑む者のそれではない。|竜の吐息《ドラゴン・ブレス》が放たれたとき、皆が一度は死を覚悟した。しかし今は、むしろ勝利を確信している。なぜならば……彼らは希望の光を目の当たりにしていたから。「はぁーーーっっ!!!」竜を地上に引きずり落とした張本人……女神によって持てる力の全てを解放されたエステルが、黄金のオーラを纏いながら竜に肉薄する。そして巨大な竜の背を軽々と跳び超え、渾身の一太刀を浴びせた。『グガァーーッッ!!??』彼女の斬撃はやすやすと硬い鱗を切り裂いて血飛沫が舞い、竜は苦痛の叫びを上げた。まだ致命傷を与えたとは言い難いものの、初めてまともなダメージが入ったのである。「通った……!!竜の意識を少しでも散らせ!!エステルが攻撃に集中できるようにフォローしろ!!」アルドの指示が下され、戦闘陣形が変わる。アルド、クレイ、ディラック、ジスタル、バルドらは竜の周りを取り囲み、少しでも竜の意識を分散させるように立ち回る。他の騎士たちは、王城や神殿から駆けつけた者たちも含めて弓や魔法による遠距離攻撃を始める。竜にとって、それらは針で刺される程度のものだったが……間断なく浴びせ続けられれば、|最も危険な人物《エステル》一人だけに意識を向け続けることも出来ない。こうして完全に|竜《ドラゴン》包囲網が敷かれ、エステルの攻撃を中心に少しずつダメージを与えていく。しかし事態は好転したものの、竜の脅威は変わらず油断できる状況ではない。実際、エステルは早期決着をつけるべく首の切断を狙っているが、敵も流石にそうやすやすとそれはさせてくれなかった。その一方で、竜は鬱陶しく纏わりつく人間たちによって注意力を分散させられながらも、何とかエステルを止めようとしていた。だが、脚で踏み潰そうとしても躱され、鋭い爪で切り裂こうとしても大剣に弾かれ……逆に反撃によるダメージがじわじわと蓄積していく
………………………………「…………え?」誰かの小さな呟きが、静寂の中ではやけに大きく聞こえた。上位竜をも超えるであろう巨大な竜から放たれた|竜の吐息《ドラゴン・ブレス》。それは人間が受け止めるにはあまりにも過剰な攻撃で……その場で戦いに臨んでいた多くの者は死を覚悟した。そして実際に、目を焼くような眩い光と耳をつんざく轟音によって、己に最期の瞬間が訪れた事を確信したのだ。しかし、彼らはまだ生きていた。それどころか傷一つすら負っていない。それは何故なのか?その答えは……「……光の……結界?」アルドは破滅の光が自分に襲いかかろうとする瞬間、最後まで竜から目を逸らすことはなかった。だから彼は自分たちがなぜ助かったのか、その理由が分かった。天を仰ぐ彼の視線の先には……黄金に輝く光のドームが戦場を覆い尽くしていた。それが彼らを護ってくれたのは間違いない。しかし、竜のブレスを完全に防ぐような結界魔法など……たかが人間の魔道士程度が作り出せるものなのか。自身も多少なりとも魔法を扱うが故に、アルドはその光の結界が常軌を逸するほど高度な魔法であると理解した。そして、その光のドームを支えるように、地上からは光の柱が立ち昇っている。それを発していたのは……「「エステルっ!?」」全身が黄金に輝くエステルを見たアルドやジスタル、エドナ、クレイの声が重なった。そして彼女は……普段では見られない、感情が抜け落ちたような表情で空を見上げている。その雰囲気は静謐で、その美貌も相まってどこか神秘的なものを感じさせた。『全く……何やら騒がしいと思えば。【器】に足るこの娘がおらねば、ここら一帯消し飛んでおったぞ』その声は確かにエステルのもの。しかし彼女を知る者からすれば、それが別人であることは明白だった。「エステル……じゃない。誰……?」エドナは、娘の身にいったい何が起きたのか分からずに呆然と呟く。他の者たちは声すら出ないほどに驚き戸惑っていた。『ふむ……』エドナの問いには応えず、エステルの姿をした何者かは自分の身体を確かめるように手を握ったり開いたりしている。『急なことだったゆえ半ば無理やり身体を拝借したが……長くは入ってられそうもないな。資質はあるが、まだまだこれから……ということか』「身体を借りた……?まさか……」アルドはそのセリフで、彼女がいったい何者な
「「エステル!!」」「えっ……お父さん!?お母さんも!?なんで!?」「師匠!?」巨大な竜との戦いの場面。そこに、全く予想もしていなかった人物……ジスタルとエドナが突然現れたことに、エステルやディラックは思わず攻撃の手を止めて驚愕した。最も果敢に攻めていた強者のうち二人が一瞬でも立ち止まってしまったため、竜の反撃が苛烈さを増す。「「「うわぁーーーっっ!!?」」」振り下ろされる脚、薙ぎ払われる尾、襲い来る|顎《あぎと》……常人には抗いがたい猛威が騎士たちを襲い、まるで羽虫のように彼らを追い散らす。「話をするのは後だ!!今は攻撃の手を止めるんじゃない!!」即座に状況を察したジスタルは二人にそう叫びながら自らも戦線に加わる。いま何とか竜をこの場に留めていられるのは、ごく数人の強者の力があってこそ。ならば、自分やバルドが加われば、劣勢を覆すことも可能……と、彼は考えた。「お前たちは下がって支援に徹しろ!!」ジスタルとバルド……更なる強者の参戦によって状況が変化するであろう事を受け、アルドは即座に指示を飛ばした。(まさか……|義父上《ちちうえ》や|義母上《ははうえ》だけでなく、伯父上まで来られるとは……しかし、これで僅かにでも勝ち筋が見えてきたか?)エステルやディラックと違い、新たな協力者の登場にも表向きは冷静さを保っていたアルドであったが、内心ではバルドの参戦にかなり驚いていた。彼に対しては色々と思うところはあるものの、いまこの場における助力については素直に感謝する。なお、ジスタルとエドナの事はやはり義父母呼びである。そして、エステルやアルドなどの力ある者たちが前衛の要となり、他の騎士たちは足手まといにならないように支援に徹する事となった。負傷した者はエドナの力によって既に治療を施されている。王城からの支援部隊も少しずつ集まってきた。対する竜も、出現直後は目覚めたばかりだったからなのか比較的動きが緩慢だったが、今は攻撃速度と頻度が格段に増している。騎士たちを下げたのは正解だろう。エステルたち強者であっても一瞬たりとも油断できず、まともに被弾すればただでは済まないのは彼らも同様だ。否が応でも多大な緊張感を強いられる戦い。しかし人間たちも竜も互いに決定打には欠け、戦いは長期戦にもつれ込むと思われたのだが……「グオォーーーッッ!!!」しつこく纏わり
王都外壁から外に出たジスタルとエドナは、ドラゴンが見える方角に向かって道なき道を一直線に走る。獣道すら無いような森の中は相当な悪路であるが、ジスタルが剣で藪を切り払い、エドナがその後ろに続く。そのスピードは平地でのそれよりは若干落ちる程度だ。彼らは辺境の開拓村での暮らしも長いので慣れたものである。「もう戦いが始まってるみたいね」「ああ。あそこから動いてないところを見ると、結構善戦してるようだ」まだもう少し距離はあるが、二人とも既に戦いの気配を感じ取っていた。そして竜をその場に留めているくらいには騎士団が頑張ってくれているのだろう……と、ジスタルは感心する。「もしかして……あの子たちもあそこで戦ってるのかしら?」ジスタルの言葉を聞いてエドナはその可能性を考えた。エステルとクレイならば、ある程度は竜との戦いにも慣れているから、二人の存在が善戦の理由なのでは……と思ったのだ。「裏組織の壊滅作戦……だったか?|あれ《・・》がその組織とやらに関係してるってんなら、可能性はあるな。……まあ、そうでなくても首をつっこむだろうが」「そうよね……あの娘、ドラゴン(の肉)が大好きだし。はぁ……」思わずため息をつくエドナ。それは娘のトラブル気質に呆れるというよりは、どちらかと言うと心配する気持ちから出たものだった。そして、戦闘の音が間近に聞こえるくらい目前まで二人が迫ったとき。ジスタルは何者かの気配が横合いから近づいて来るのに気付いた。「誰か来る……?」走るスピードはそのままに、警戒してそちらの方を見ると……ある男が走り寄ってきて合流してきた。彼は記憶にある姿よりも歳をとっていたが、ジスタルもエドナも知る人物だった。 「「バルド陛下!?」」「誰かと思えば……ジスタルだったか。それに……今日は懐かしい顔を見る日なのだな」そう言う彼の表情は穏やかだ。同じ『懐かしい顔』でも、ミゲルに対する反応とはかなり異なる。「陛下……まさか、|アレ《・・》と戦うつもりですか?」「無論だ。そう言うお前たちもだろう?」かつての王が自ら死地に向かっている事にジスタルは眉をひそめて言うが、バルドは「それがどうした?」と言わんばかりだ。「……あの時以来、鍛錬は欠かしておらぬ。最後にお前と手合わせした時よりも、今の俺は強い。むしろ今が全盛期かも知れぬな」「しかし……」バルドの言
聖域の森の一画に突如として現れた巨大なドラゴン。それは王都の住民たちも目撃し、当然パニックになりかける。しかし騎士団は即座に行動を開始。非番の者も駆り出して住民の避難誘導と外壁の護りを強化すべく総動員態勢となっていた。もともと裏組織壊滅作戦のため多くの騎士や兵士たちが臨戦待機していたのは、不幸中の幸いと言えるだろうか。そして、その陣頭指揮に当たっていたのは、王の懐刀と言われている近衛騎士ディセフである。彼は次々に来る報告を受け、迅速に判断を下して各方面に指示を飛ばしていたが……「陛下はまだお戻りになられないか!?」「たった今伝令がありました!!陛下は御自らドラゴンとの戦闘の指揮をとられていると!!」「マジか……団長もいないし、俺がこっちの指揮をとらなきゃじゃねえか」もともと王や騎士団長が不在の間だけ、彼らの代行として指揮権を預かっているのがディセフである。アルドが戻ってくれば全軍の指揮権を彼に返し、代わりに自分が現場指揮に当たるつもりだった。王が最も危険な前線で戦うなど、本来ありえることではない。もともと裏組織壊滅作戦にアルドが直接出張るのも許容しがたかったのであるが、エステルを潜入させる代わりに……と言って聞かなかったのである。もっとも……そうでなくてもアルドが自ら前に出ようとするのは常のことであるし、そういう主君だからこそディセフも敬愛してるわけだが。「あれ程の敵を相手にするなら、確かに最強の駒をぶつけるべきだとは思うが……」アルドだけでなく、エステルやクレイなど……今最前線にいるはずのメンバーは、現在王都に居る中では恐らく最強の布陣であるとは彼も思っている。それでも、あれほどの敵を相手にするのは荷が勝ちすぎるだろう……とも。「せめて、あともう何人かいてくれればな……」騎士団長のディラックや、それに準ずる力を持つ者があともう少し戦闘に加わってくれなければ……と、自分も前線に向かいたいという気持ちを何とか抑えながら、彼は思わずにはいられない。だが、与り知らぬところでディセフの願い通りに力が集結しつつあることを、彼はまだ知る由もなかった。 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆アルド率いる部隊はついにドラゴンの元へ辿り着く。そして、王都と民を守るために決死の覚悟で戦いを挑もうとする彼らの前に、予想外の光景が広がっていた。「アルド陛下!
ウォーレンの合図によって開始されたエステルとレオンの手合せ。しかしほんの一瞬でその決着は付くことになる。開始と同時に飛び出して先制攻撃を仕掛けたのはレオン。彼が狙ったのは剣を持つエステルの手元。安全のため、分厚い革製の篭手をはめている。いかに剣聖の娘で実力もそれなりにあると聞いてはいても、婦女子に剣を向けるのには抵抗がある。なので早々に剣を弾き飛ばしてしまおうと考えたのだ。だが……!ギィンッッ!!!激しく金属音とともに勢いよく弾かれた長剣がクルクルと回転しながら宙を舞い、そして訓練場の地面に転がった。「そ、そこまでっ!!勝者エステル!!」ウォーレンがエステルの勝利を告げた。しか
辺境伯デニスの願いを聞き入れ、彼の配下の騎士と手合わせする事になったエステル。彼女はデニスの案内のもと、父ジスタルと共に領主邸から騎士団本部に併設されている訓練場へと向かった。「ここがニーデル騎士団の本部。この時間なら隊長格の奴らが訓練してるはずだ」まず騎士団本部へとやって来た一行。デニスは慣れた様子で門番の兵に労いの言葉をかけながら、父娘を連れて本部の中に入った。ジスタルは懐かしい雰囲気を感じて、目を細める。エステルは物珍しさからキョロキョロと落ち着きなく辺りを見回していた。「閣下……!態々こちらにお出でになるとは……いかがされました?」「おぉ、ウォーレンか。丁度いい。すまんが、訓
辺境伯領の領主デニスとの面会を終えたエステルとジスタルの父娘は、領主邸を出て帰路につく。エステルはこれまで村の外に殆ど出たことがなく、精々が近隣の町に買い出しに行く程度であった。だから領都ウィフニデアにやって来たのは今回が初めてであり、到着した時と同様にキョロキョロと街の様子を珍しそうに観察しながら歩いている。「やっぱり大きな街だよね~、お父さん!王都はもっと大きいの?」ウィフニデアの街は辺境にあるとは言え、流石に領都と言うだけあってかなり大きな街である。いま彼女たちが歩いているメインストリートには石造りの高い建物が立ち並び、多くの人が行き交う賑やかな街並みは、エステルにとって大都会そ
即席の剣術指南会をどうにか収集したあと、デニスと父娘は再び領主邸の応接室に戻ってきた。「すまねぇな二人とも。ちょっと嬢ちゃんの実力を確認するだけのつもりだったんだが……」「いや、構わんよ。中々やる気のある連中で、一領民としては頼もしいと思ったぞ」「私も、色んな人と戦えて凄く楽しかったです!」申し訳無さそうに言うデニスに対して、特に気にしたふうもなく父娘は答えた。エステルはニコニコと笑顔を浮かべ、本心からの言葉であることが分かる。「それで?コイツの実力を確認して……どうするんだ?単なる興味で呼び出したわけでもあるまい?」「いや、理由の半分は純粋な興味からなんだがな」「もう半分は?







